プロフィール

深田健太朗

代表 深田健太朗
1985年1月生まれ
大山崎町鏡田出身

・一級建築大工技能士
・二級建築士
・宅地建物取引士
・管理業務主任者
・三級FP技能士

経歴

勉強せずに周りを困らせた学生時代(6歳~15歳)

深田健太朗の学生時代イラスト

大山崎に生まれ、一山小学校、大山崎中学校と進む
当時から絵や彫刻が好きで、いつも何かを作っているような変わった子供でした。
一度、高校に進学しましたが一年で中退
とはいえ、することがなく大分県に住む大工である叔父のもとで大工をすることを思いつき、親から叔父に頼み込んでもらい、住み込みでの大工修行を受け入れてもらいました。

貴重な経験ができた大分県での大工見習時代(16歳~22歳)

深田健太朗の大分県での見習時代イラスト

大分県竹田市に住む叔父のもとで7年間の大工修行
そこでは手間も時間もかかる、昔ながらの工法で無垢材を使って家を作っていました。
叔父は早く・キレイな仕事で周りから信頼されていて、手道具(カンナ・ノミ・ノコギリ)などの使い方や、無垢材の知識、和室や丸いままの梁を使った仕事などを叩き込んでくれました。

僕も大工技能に興味が出はじめ、削ろう会(カンナの切れ味を競う大会)などの技能競技に出場し始め、全国大会にも出場するようになりました。
技能大会出場にすることで、全国レベルの仕上げや物づくりの考え方が身に付きました。

世間の厳しさや広さを知った京都での独立したて時代(23歳~25歳)

深田健太朗の建売時代イラスト

京都に戻り、大工として働きだしました。
まず、新築(建売)の工事をして衝撃を受けました。
大分県では見たこのない材料と道具がたくさんあり、釘打ち機でバンバン釘を打ち、既製品の化粧材をダンボールから出して取り付ける。
初めて新築工事をしたときは、とても簡単な仕事だと感じました。
しかし、実は建売と言われている新築も、高い品質を保ちつつ工期に間に合わせる事はとても難しく、奥が深いことに気づきました。

同時に一人親方になったことで、人間関係や責任など世の中の厳しさも感じました。

大工10年目、まさかの修行やり直し時代(26歳)

深田健太朗の大阪での修行やり直し時代のイラスト

一人親方として、主に新築の工事をしていたころ、高槻に住むこだわりが強い大工さんに出会い「お前は惜しい。絶対にクレームの出ない工事を教えてやる」と言われ、僕は大工10年目にしてその大工さんにしばらく弟子入りし直すことにしました。

その大工さんから、仕上げ・収まり・責任・管理・営業・心構えなどの棟梁のスキルを叩き込まれました。
今思えば人生で最もしんどく、得るものの大きかった一年間でした。
その甲斐あって、絶対にクレームを出さない棟梁のスキルを修得することができました。

会社を始めるきっかけとなる棟梁時代(27歳~34歳)

深田健太朗の棟梁時代イラスト

2度目の独立を果たした僕は、棟梁としてリフォームに携わることが多くなりました。
現場では、お客様・設計士さん・各業者さん・応援の大工さんなど、いろいろな方が出入りします。
その中で棟梁は施工と共に施工管理も任される仕事です。

その頃いろいろな職業の方と関わる中で住宅への興味が広がり、スキルアップとして資格学校に通いだしました。
学生の頃に勉強をしなかった僕ですが、3年間資格学校に通い続け、5つの資格を取得しました。
資格を勉強する中で視野が広がり、現在の建築業界の問題点や自分のすべきことに気づき、新しいリフォーム会社を作る決心に至りました。

リフォーム会社を起業するにあたり

現在、リフォームを施工できる大工が激減しています。
大工職を伝承し若手を育成し、地元の方々に必要なリフォームを提供することは僕の使命だと考えています。
まだまだ至らないこともありますが、今後も勉強を続けていこうと考えています。